「なぜドジャースは、100年以上にわたり世界中のベースボールファンを惹きつけ続けるのか?」
大谷翔平選手・山本由伸選手・佐々木朗希選手の加入などで2024年・2025年のワールドシリーズ連覇を達成し、現在まさに黄金期を迎えているロサンゼルス・ドジャース。しかし、その強さや人気の背景には、数々の困難を乗り越えてきたドラマ、球界の常識を覆した変革、そして時代を彩ったレジェンドたちの物語があります。
「ドジャースってそもそもどうやって誕生したの?」「なぜニューヨークからロサンゼルスに移転したの?」「スタジアムにある像は誰?」といった疑問を持つドジャースファンの方も多いはず。
ドジャースという球団の歩みや背景を知ることで、スタジアムで目にする景色やモニュメント、選手たちの一球一打がより深く感じられるはずです。観戦前の予習として、球団の歴史とスタジアムで見ておきたい注目スポットを分かりやすくご紹介します。
ドジャースの歴史は、今から140年以上前となる1883年にニューヨークのブルックリンで始まりました。
当時、不動産実業家であったチャールズ・バーン(Charles Byrne)らが中心となり、ブルックリンに新たな野球チームを立ち上げたのが球団の起源です。
当時はまだメジャーリーグ(ナショナル・リーグ)ではなくマイナーリーグ(州リーグ)からのスタートでしたが、翌1884年にはアメリカン・アソシエーション(当時の主要リーグの一つ)へ参入し、1890年に現在のナショナル・リーグへ加盟しました。
実は、創設当初から「ドジャース」という名前だったわけではありません。「アトランティックス」「ブライドグルームズ(花婿たち)」「ロビンス」など様々な愛称で呼ばれた後、1910〜1930年代にかけて定着したのが「トロリー・ドジャース(Trolley Dodgers)」でした。
ドジャースの名前は、英語の “dodge”(素早く避ける)に由来しています。
当時、急速に発展していたブルックリンの街中には無数の路面電車(トロリー)が張り巡らされており、歩行者や子どもたちがその路面電車を避けながら歩いていました。その日常の風景から、「Trolley Dodgers=路面電車を避ける人たち」と呼ばれるようになったと言われています。
これが短縮され、現在世界中に知れ渡る「ドジャース」という愛称が誕生しました。
ドジャースの歴史、そしてアメリカのスポーツ史において最も重要な出来事が、1947年のジャッキー・ロビンソン(Jackie Robinson)のメジャーデビューです。
当時の球界には強固な人種隔離政策(カラーライン)が存在し、アフリカ系アメリカ人選手はメジャーリーグでプレーできませんでした。その壁を打ち破ったのが、ジャッキー・ロビンソンでした。
激しい差別や脅迫に耐えながら、ジャッキー・ロビンソンは走攻守で圧倒的な結果を残し、初代新人王を獲得しました。
彼の背番号「42」は、現在MLBの全球団で永久欠番となっています。ドジャースの歴史は単なる勝敗だけでなく、「野球界の変革」とともに歩んできた歴史でもあります。
1955年、ブルックリン・ドジャースは宿敵ニューヨーク・ヤンキースを破り、悲願のワールドシリーズ初制覇を果たして街中がお祭り騒ぎになりました。
しかし、当時の本拠地球場「エベッツ・フィールド」の老朽化や駐車スペース不足、ファン層の郊外移住に伴い、オーナーのウォルター・オマリーは新天地への移転を決断しました。
1958年、チームは長年愛されたニューヨークを離れ、急速に発展していた西海岸の「ロサンゼルス」へと本拠地を移します。
当時、メジャーリーグの球団はアメリカ東部・中西部に集中しており、西海岸への進出は球界全体の勢力図と規模を全米へと拡大させるターニングポイントとなりました。
ロサンゼルス移転後の1962年、自然の地形を生かした美しい現在の本拠地「ドジャー・スタジアム」が完成しました。
ここからチームは本格的な黄金期へと突入します。
1960年代、圧倒的な剛速球と鋭いカーブで打者をねじ伏せ、完全試合や3度のサイ・ヤング賞を獲得しました。そして1963年・1965年のワールドシリーズ制覇の立役者となりました。
「俺の血管にはドジャーブルーの血が流れている」という名言で知られる熱血監督トミー・ラソーダのもと、1981年・1988年にも世界一に輝きました。
1988年ワールドシリーズ第1戦のカーク・ギブソンによる、足を引きずりながら放った代打逆転サヨナラ本塁打は、伝説として語り継がれています。
ドジャースは、日本の野球界にとっても特別な存在です。
野茂英雄投手がドジャースに入団し、トルネード投法と鋭いフォークでメジャーを席巻しました。
この大活躍が、後の日本人選手のメジャー挑戦の道を大きく切り拓きました。
その後も石井一久選手、黒田博樹選手、前田健太選手、ダルビッシュ有選手など、多くの日本人スター選手がドジャーブルーのユニフォームに袖を通しました。
2020年に32年ぶりのワールドシリーズ制覇を達成しました。
さらに大谷翔平選手や山本由伸選手、そして佐々木朗希選手が加入し、2024年・2025年には劇的なワールドシリーズ連覇を成し遂げるなど、世界中の野球ファンが注目する「新黄金期」を築いています。
ドジャー・スタジアムを訪れたら、これらの歴史を肌で感じられるスポット巡りが欠かせません!
人種の壁を破ったジャッキー・ロビンソンと、マウンドに君臨したサンディ・コーファックスのブロンズ像は、ドジャー・スタジアムを訪れたら見ておきたいスポットです。
また、ロビンソンの「42」、コーファックスの「32」、ラソーダの「2」など、球団を支えた偉人たちの永久欠番表示も、ドジャースの歴史を感じられる重要な見どころです。
観戦前の記念撮影スポットとしても人気がありますので、エレファントツアーをご利用の際は日本人ガイドスタッフに案内をお願いしてみることをおすすめします。
球場内のコンコースには、歴代のワールドシリーズ優勝トロフィーや記念プレート、チャンピオンリングのレプリカなどが展示されており、まるで博物館のような見応えです。
1883年のブルックリンで始まったドジャースの歩みは、路面電車が走る街角から、人種の壁を越えた歴史的なグラウンド、そして青空が広がるロサンゼルスへと続いてきました。
ドジャースの歴史は、常に新しい時代を切り拓いてきた「挑戦と変革の連続」でした。
歴史の背景を知ってから試合を観戦したり、スタジアムのモニュメントを眺めたりすると、グラウンドに立つ選手たちの一球一打がより深く、感動的なものとして胸に迫ってくるはずです。
ぜひこの壮大な物語を感じながら、ドジャースの現在と未来の戦いを見届けてみてください!
ロサンゼルスでのドジャース観戦をより安心してお楽しみいただくために、エレファントツアーでは日本語でのサポートを含む送迎サービスをご用意しています。移動の不安を減らし、観戦前後の時間も快適にお過ごしいただけるようサポートいたします。
皆様とロサンゼルスでお会いできるのを心よりお待ちしております!